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6~脱走の果てに

6.脱走の果てに

わたしの実家を簡単な一言で表すと『ボロい、平屋建て』です。

『家はボロくても、部屋は美しく』それがモットーの母は無類のキレイ好きで、髪の毛一本でも落ちていたら掃除をしなおすような人なのですが、そんな人が『ネコ付きでよいから帰ってきて~』と言うのだから、ここで帰らにゃ、何かがスタる…ような気がしまして。

他県の大学に入った妹のいなくなった三畳の部屋に、わたしはつれみと共にすっぽりと収まってみました。ちと狭い、以外は特に問題ナシ。

新居に入った彼女は、低姿勢でヒクヒクとやったかと思うと、ササササーッとベッドの下に潜り込んで実に9時間、出てきませんでした。さすがネコ!そうでなくちゃ。と放っておいたら、9時間後、何事も無かったように出てきて白い腹をみせてゴロゴロやり始めました。
人間と暮らし始めて、ネコの性格もだいぶ変わってきたようです。
それにしても、腹を見せるなんて…
馴染みすぎ。

そうして、今回もまたわたしは彼女に油断してしまったのでした。

…というより、何故あんなところに穴がある?

二日目の夕方、さっきまでゴロゴロと転がっていた彼女にごはんー♪と言ってみると、いません。狭い部屋の中、どこにも彼女の姿はありません。
声も…聞こえません。
またもや現実逃避したくなった自分を、ちょいと抑えてもう一度だけ、家の中隅々見回しましたら…電話器の上の窓、そこは外れない網戸が張ってあって、その網戸の左下部分に白い毛が。

網戸の隅っこ、破れてるよ~ょ~ょ~

勿論、外に出て探しましたが、既に真っ暗な夜。
しかもまだ引っ越して二日目。今度こそは、本当にダメだと思いました。今度こそは、確実に迷子になるだろうと。
どこかで優しい人が助けてくれればよいけれど。
でも、あぁダメだ、そんなに人馴れしてないはずだから。
お腹もすくだろうに。
辛い、辛すぎるよぅ。
なので、今夜は寝てしまおう。辛くても、やっぱり寝るのでした。

次の日、話を聞いた近所の子供が『ボクも手伝うヨー』と、一緒に探してくれました。
とても、ありがたかった。
そして本当に見つけてしまうから、すごいです。魔法の杖を持っていますね、子供は。

見つけてくれたんです、つれみを。

『ネコがおったヨー』という報告を受け、その草むらにそーっと見に行くと…いました。いましたょ。10mほど先に。まぎれもなく。よかった…少年よ、ありがとう。

と思ったのも束の間、よほど嬉しかったのでしょう、少年は白いネコに向かってハシャギナガラ、ハシッテイッタ、ノデス…うわ~ん。
より遠い場所に逃げられたのは確実。

あっという間に逃げられまして、わたしたちはしばらく言葉も出ず…。『いいョ、いいョ』と慰めるのがやっとでしたが。

きっとわたしたちの願いと、ネコの本能が不可能を可能にしたのではないかと、まことに大げさですけれど、そう思っちゃあいけませんか?

更にその二日後。

母が言うには『朝、五時半頃ね、お母さんが外ば箒で、はわきよったったぃ、そしたら、つれみが歩いてきてね、その後ろからトラネコが一匹おって、ビックリしてドアば開けたら、つれみは入っていったと』。
母よ…ありがとう。
つれみよ…おかえり。

少しだけ野生的な美しさを増した彼女は、その後脱走することもなくゴロゴロと平和に暮らすのですが、あの朝帰りのときに一緒にいたトラネコさんが、つれみに、そしてわたしに素晴らしいプレゼントをしてくれていたなど、全く気付いていないのは…やっぱり、わたしだけだったのでしょうね。

そしてある日、キレイ好きな母に言われるのでした。
『つれみさん、最近太ってきよらんね』

…はい?



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